November 18 Saturday 2017

頭を使う?

”せりな!もっと頭を使え!”
コーチからの指示に対し、素直にボールに頭から突っ込んでいってった小学生時代の私へ一言。いや、そういうことじゃないから!笑 普通なら考えなくてもわかることですが、当時の私にとっての頭を使うということは積極的にヘディングをするという認識でした。そんな良くも悪くも素直で単純だった子供時代、私と当時まだプレーしていた弟の2人は、父から耳にタコができるくらいに”頭を使う”ということを繰り返し、繰り返し指摘されてきました。

私の父もかなりのサッカーバカで、いまは県のフットサルリーグで私の同年代ほどの選手たちと一緒にボールを追いかけています。そんな父だったからこそ、自分の子どもであろうとサッカーをバカにするような態度は許せず、それ故にサッカーに関してはかなり厳しく指導されてきましたし、バカにするくらいならとサッカーをやめるよう言われることはあっても自らサッカーをするように勧めてきたことは一度たりともありませんでした。本人の名誉のためにもどれだけ厳しくされたかに関しては詳しくは書きませんが(笑)、小学校4年生という決して早いとはいえないタイミングでチームに入ったにも関わらずそこそこやれているのは、そこから親元を離れるまでの約6年間の間に父が基礎技術と”頭を使う”ということを叩き込んでくれたからだと思っています。

では具体的にどのように頭を使うように教えられてきたのか?まず私生活からして、父は私たちの質問に対しての答えを簡単に与えてくれるようなことはありませんでした。私と7つ歳が離れている下の弟が3歳か4歳頃に”なんでなんでマン”と呼ばれるほど、何に対してもなんで?と疑問を問いかける時期がありました。そんな幼い弟に対しても父は一言、”辞書で調べろ”。いや、それはさすがに無理でしょと吹き出したのを覚えてます。笑

サッカーに関してはより具体的に頭を使うということはどういうべきかということを徹底的に叩き込まれてきました。フィールドへ行けばコーチたちがすでにトレーニングプランを用意してくれていて、私たち選手はそれに従うだけでよいのですが、私の父は決してそれをよしとはせず、常に一つ一つのトレーニングの意図を考えてプレーするよう教えられました。具体的にはどういうことか。1v1を例に説明します。1v1のトレーニングといっても条件付けによって求められることは違ってきます。ちょうど昨日のチームトレーニングでも1v1のトレーニングをしたのですが、その際は正規のサッカーゴール+キーパーで行われました。これはどういうことか?私は基本的にゴールが用意されている際にオフェンシブ側の選手に求められることはゴールを奪うということだと思うので、ボールを受けてDFが厳しくプレスをかけにこないようであるなら、コントロールして2タッチ目にはシュートをうちます。1v1の練習だから抜ききるか、少なくとも交わしてからでないとと思っている人から”それあり?”と言われることもよくありますが、それがコーチの意図に反することならちゃんと意図に沿ってトレーニングするよう条件を加えてくるでしょうし、逆に守備側はゴール前の一番危険なエリアでフリーで簡単にシュートを打たせないプレシングを意識してするべきだと思います。そもそも完全に抜ききることを目的にするなら、正規のゴールを使用せずにゴールをマーカーでつくり、ドリブル通過のみ得点といったような条件付けがなされるでしょう。さすがに毎日ではありませんでしたが、チームで行ったトレーニングを一緒に振り返ったり、また指導者側の立場や考え方を知ることも大切だと、父はコーチをしている友人から指導者向けのビデオをもらってきてみせてくれたりしました。

よくコーチング業は楽そうだねと安易に発言をする人を見かけます。確かに手を抜こうとすればいくらでも抜けてしまうことは事実なのですが、本来コーチ陣は自分の選手たちがやらなければならないことを見極め、それを改善、向上するための適切なトレーニングメニューを考え、そこから予測されるエラーをどのように指導するかなどをあらかじめ綿密にプランしておかなければなりません。そのためコーチングとはフィールド上での仕事よりもフィールド外での作業に膨大な時間を必要とし、チームの練習時間内だけ仕事をしていればいいというわけではないのです。現在Jの下部組織で指導をされている知人が私の地元小学校のサッカーチームを指導するのを見学させてもらったことがありました。よくウォームアップなんかでも行われるとりかご(守備側の選手を囲うように数人でボールを奪われないようパスを回すトレーニング)をしている際、正直いって選手たちのパフォーマンスはあまり芳しいものではなく、ただボールを蹴って、守備側も闇雲に追い掛け回しているだけでした。それに対して大きく声を荒げることもなく、一度練習をとめて簡単に指導をいれる知人。するとどうでしょう、本当にシンプルな指導だけだったにも関わらず、選手たちの動きは見違えるようによくなり、ちゃんととりかごをしていました。これが本来のコーチングの力かと大きく感銘を受けたことは今も鮮明に覚えています。話しが逸れてしまいましたが、このようにトレーニング1つをとってみてもそこには必ずプランした側の意図があり、その意図を汲み取りトレーニングをするということはトレーニングの質を向上させると思います。

また試合を観に来てくれた後には必ずプレーを振り返る時間を設け、戦術的な面でどのように改善するべきだったかなどを図を書いて話し合うこともこともよくしました。すべてのプレーを覚えていたわけではなかったのですが、それでも状況を思い浮かべて、それを図にすることで俯瞰的に理解していくことはかなり勉強になったと思います。高校時代のコーチは戦術をたてることや相手の分析に時間をかける方針で、毎週木曜はフィールドでのトレーニングの代わりに相手チームの分析、そしてそこから対策を練るということを行っていました。父から常に試合中に相手の癖なども考えながらプレーするように言われていたおかげで特徴を掴むことはそこまで難しいことではありませんでしたし、対策として戦術を考えることも今まで父とやってきたこととあまり変わらなかったため、そこまで見当違いな発言をすることはなかったように思います。ただ私にとっての当たり前は同世代の選手達にとってはあまり当たり前ではなかったらしく、その事実に少しびっくりしながらも、当たり前に教えてくれた父にはとても感謝しました。とは言っても、たかだか15-6歳の戦術眼などそれほど大したものではないので、順心でより頭を使うためのトレーニングができたことはとてもよかったと思いますし、そういう点では正しい場所を選べたとも思っています。私が年代別代表でセンターバックとして選出してもらえたのは、他の選手より少しだけでも頭を使えたことで、誰よりも早く指示を出し、必要な際は自ら動けたからだったと分析しています。結局はプレッシャーに負けて個人としては悔やんでも悔やみきれない結果に終わり、同じ課題がドイツに来てからの不調にも繋がってしましましたが、今はトレーニングでもかなり調子を上げてこれていて、そこらへんの話はまた次回のオフにでも投稿しようと思います。

今日は頭を使うということに関して偉そうに語ってきましたが、結局はすべて父からの受け売りであり、たまに雷をがつんと落とすことはあれど、根気よく教え続けてくれたことには感謝の意しかありません。”私は自転車で学校へ行きます”という文の英訳として、”I am a bicycle.” と言っていた残念な頭を持つ私に”頭を使う”ということを教えるのはかなり根気が必要だったでしょうし、私が父の立場なら速攻で匙を投げたと思います。それでも父が諦めず、サラリーマン業との忙しいスケジュールの合間をぬって付き合ってくれたのは、他ならぬ父自身が”頭を使う”ことの重要性を痛感してきたからなのかもしれません。

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Published on Nov. 18, 2017 by Serina Kashimoto #51